雪が降った日

晴れた空だ、土よう日

  • 幽霊医院

ちょっとまた皮膚の調子がよろしくなくなってきたので本年初めて幽霊医院へ行く。相変わらずの廃墟っぷり、だ。屋根を覆っていた筈のブルーシートがだあぁらっ、びろびろと垂れさがっている。ああ。もう。何の為のブルーシートだか分からない。まったく用をなしておらず、だ。何なんだ?これは?新しいアートの形なのだろう、か。そんな荒廃進む幽霊医院だが「患者さまのプライバシーは完全に守ります!安心して来院ください!」と患者のプライバシー保護最優先風にがっつり曇ったガラス扉(長い年月をかけ蓄積した埃とか塵とか泥とかの人工的では決してない、天然なクモリ)を開けたそこには診察を待つ患者さんたちで溢れている。本日も大繁盛(?)だ。しかも今日は入り口に、どういう経緯で此処にたどり着いたのかが理解しがたいほどミスマッチな、おそらく医師のであろう車のスペアタイヤが一つごろん、と転がっていた。お陰で靴脱ぎ・置場はヒドイ有様。無秩序だし、邪魔。タイヤすんごく、邪魔。空いたスペースを見つけ見つけ、片足づつ、ぽん、ぽんと靴を脱ぎながらどうにか受付を済ます。そして、その時、事件は起こった。


我が城を出発したのは午前10時30分頃。車で15分ほど走った所に幽霊医院はある。だので諸々の交通事情を考慮しても幽霊医院に到着したのはだいたい10時45分から50分の間だ。そして駐車場というかただの荒れた原っぱに車を駐車し、外観の荒廃っぷりをざっと確認し、靴を脱ぎ、受付へたどり着いたのが10時55分ぐらい。そして、わたしが診察カードと保険証を「おはようございます。お願いします。」の言葉とともに受付に提出したのが10時56、7分ぐらいだ。そして、その時、わたしが放った「おはようございます。お願いします。」の「します。」を言い終わらぬうちに事件は起こったのだ!!


その「します。」に被せるように、薄暗い待合室の奥の方から「あれぇ、まあ。この時間で『おはようございます』だって。はぁ、もう、11時になろうっていうのにねぇ、うふふふっ。」という力強い声が、この幽霊医院に不釣り合いなほどに生命力溢れる大きな声が待合室中に響いた。よもやそんな生命力満ち満ちの力強い声がこの薄暗い待合室で発せられるとは思わず我が耳に響いた瞬間は「???はて?な、なに?いま、なんか聞こえた?え?」と「?」だらけになった、が、「は!どうやら、今のはアレはわたしが放った『おはようございます』に対するアンサーなの?と、いうか別に待合室に向けて放った訳ではないけれど!は、何、それ?!『おはようございます』だってイイじゃない、まだお昼前なんだしさ。と、いうかアナタどちらさま?わたしの知り合いでしたっけ?!と、いうかなんでそんなことを病院中に響く声で言われなければならないのさ!!!ムキーっ!!!!」と「?」から一瞬にして「ムキー!!!」まで我がカッカむかむかは上昇。受付を済ませ椅子に腰かける瞬間に声が聞こえた方をキイイッと精一杯の怒りを込めてみると、そこには、60代らしき老女がにやついた顔でもって誰に話しかけるわけでもなく「あらあらあら」とこれまた大きな声を出していた。な、な、フンヌーッと鼻息荒く椅子に腰掛け、気を落ち着かせる為に持参した文庫を開くも先ほど放たれた「おはようございますだってさ、うふふふっ。」がぐるぐると延々と回り続け、ちいいいいいっとも頭に入らない。そして時間がたてばたつほど我が行き場のない怒りがフッフーと膨れ上がっていくのであった。


診察を待つ間も、その老女は誰彼辺り構わず問いかけ、というか独り言というかをべちくちゃと大きな声を出し続けていた。と、いうわけで、午前中のあいさつとして「おはようございます」は不適切だったのであろうか。いいや、そんなことは無い!かりに「おはようございます」が不適切な挨拶であったにしろ、無言で受付を済ませるよりはよっぽど適切ではないだろうか!!わたし、そう、思うの!!