なんなんだ、朝のあの雨は?ズボンがべしゃべしゃだよ!

  • ドコゾのまわしもの的日記

本年33歳ゾロ目イヤーをむかえたわたしですが、そのわたしが自分史上おそらく最もぷりんぷりんのつやつや時代、おそらくお尻もきゅうと上がっていたであろう時代そう、二十歳から四捨五入三十路にかけて「これでもか、これでもか!いやいやまだまだ、だ!!」と我が内から溢れ湧き出すエナジーを心底、猛烈、注ぎ込み「トウキョウで働いていれば、いつか、どこかで必ず会えるよ!絶対に!キャーッ!!」*1と乙女チック奇天烈発想も度が過ぎる、若さ故の云々で就職もせずに田舎町からわざわざ都内のショップにおバイト入社、そんな非常に残念な行動に走らせるほど、冷静な判断を下すことも出来ぬほどに熱中したポップ・バンドがおりました。因みに、そんな不純中のちょう不純動機で入社したおバイト会社で出会った方々がわたしの心のメモリ登録「友だち」カテゴリーの大半を占めております。そのようにして狂おしいほどに否、正直ちょっと狂っていた、それぐらいお熱をあげまくった彼らが活動休止の決断を下したのは今から7年前。2002年である。


お熱を発狂せむ程フッフーにあげていたわたしではあったが、その報せを「ああ、そうか。やっぱり…なあ。」とわりあい冷静に受け取った。と、いうのも活動休止が決定するちょっと前より、ちょうど四枚目のアルバムを発表する?しよう!その辺りから、彼らの楽曲を聴くにつけ「あれあれ?ううむ…?ちょっと、さあ…どうなのかな、これは?」と個人的にしっくりハマらなくなっていた。あんなに猛烈夢中になっていたのに、だ。わたしが求める彼らの音楽と、彼らが発信する音楽との間にズレが生じ、彼らが楽曲を発表するごとにそのズレがちりちりと大きく広がっていたのだ。熱烈リスナーを自負するならばこそ時代にそって進化していく彼らの音楽を上手く受け入れるよう歩み寄ればよかったのだ、が、わたしには出来なかった。聴き手側のエゴであることは承知していたが「わたしが聞きたい彼らの音楽」ではなくなっていったのだ。そしてそうやって彼らの音楽から離れていってしまう「わたし」がひどく悲しく、寂しかった。


バンドとは言えどもそれぞれが作詞、作曲、ボーカルのスタイルをとる彼ら。どちらかというと世捨て人風情のワタナベイビーと、生まれも育ちも誰もが認める「ええとこのボン」である小宮山雄飛。そもそもが全く違う二人。そんな全く違う二人が絶妙なバランスでもって上手いこと響きあい、合わせ重なり、軽快でユーモア抜群、センチメンタルでちょとヒニク交じりで、でもなんだかニクメない、そんなポップソングを作りだしていた、ホフディラン。その絶妙なバランスこそが彼らの最大の魅力だ、とわたしは思う。そのようにして絶妙なバランスから紡ぎ出されていた彼らの楽曲における力関係が傾き崩れだしたのが先にも述べた三枚目のアルバム発表以降から四枚目のアルバム発表の間である。


時代の先の先の、さらに一歩先を歩むことを好しとし、どんどん進化するユウヒ。そんなユウヒに「時代なんて関係ないんだぜぇ!遅れようが進もうが俺は俺のままでいたいのさぁ!」なベイビーの力が負けてしまったのだ。ホフディランとしてのベイビーはあまりに先へ先へと急ぐユウヒに戸惑い、自分がどうしたら良いのか解らなくなっちゃったのだ。少なくともわたしには、そう、感じられた。先に進もうとするユウヒの気持ちもわかる、が、しかし。その速度が速すぎたのだ。ともに肩並べ進むはずのベイビーがユウヒの姿を見失うほどに、その速度は速すぎた。そしてその二人の差がそのまま楽曲に反映されていった。お互いの力が相互することで、バランスを保つことで作り出されるホフディランの音楽こそが魅力的である、と感じるわたしにはユウヒ色の濃くなったホフディランを受け入れることが出来なかった。当時、熱烈なるユウヒ派あったわたしであっても、だ。わたしにとってのホフディランは「どちらか一方ではなく、ベイビーとユウヒ、二人でホフディラン」なのである。そうやって心のもやもやが増えれば増えるほどにホフディランからも少しづつ離れていった。そんな中、活動休止の報せを受けたのである。


そんな彼らが2006年、活動再開。活動休止から約4年。お互いがお互いにそった個人活動を経ての活動再開である。その報せを耳にした時、正直素直に両手をあげて喜べなかった。むしろものすごく不安だった。これ以上、不均一なホフディランを知りたくなかったからである。が、しかし。が、しかしである!そんな不安はびゅぅと吹き飛んだ。帰ってきた彼らは、かつての、わたしが愛したホフディランであったのだ。いや、それ以上に二人一緒に進化したホフディランであったのだ!おお!ベイビーの相変わらずのピュアな故のダメ加減もままに、ユウヒの新しいものへ突き進む力強さが加わり、程よく肩並べ前へ進む?進んじゃおうぜぃ!的なホフディランに進化して帰ってきたのだ!再開後は精力的にライヴ活動を行いつつ、今年4月には只今絶賛放映中の洗濯洗剤CM曲を含む七枚目となるオリジナルアルバムを発売した。復帰第一弾のアルバムは昔からのファンには「おお!」と色めきたつ仕掛けがたっぷりのこれだよ、これ!ホフディランはさ!な一枚であった。そして復帰第二弾の今作はお互いがお互いに歩みより、溶け合い、見事なまでにキラキラに輝いたポップアルバムである。「歩みより、溶け合う」事が出来るようになった、というところが進化したホフディランの証である。わたしは、そう、思う。


そして2009年7月3日ホフディランデビュー13年を記念して渋谷C.C.Lemonホールにて「13年の金曜日」なるライヴを開催。チケットの方も若干ですが、じ ゃ っ か んですがまだ手に入るみたいですの、で、是非!っていうかなに?この締め方?

*1:当たり前だがそんな都合の良い奇跡などは起きず、ライヴ会場やらイベントやらに足を運ばなければその姿を見ることなどなかったが、ね!