電話中、手が勝手に。

くもりなのかい?それとも晴れなのかい?

  • 午後

この事務所に配属されてからほとんどの時間をひとりで過ごしてきた。ひとりきりなのを良い事にぼんやり窓の外を眺めたり、妖怪大百科を眺めたり、歌を歌ったり、モノマネの腕を磨いたり、お茶をがぼがぼ呑んだり、時には踊ってみたり、主にたりたりマイペースに過ごしてきた、が、今年になってから事務所の人数が増えた、一時的に。そしてたりたり生活が奪われた。
もともと少人数向きに建てられた事務所なので一時的とはいえど、ひとり増えただけでもぎちぎちのぎゅう。事務所内をぐるりとするだけでも、すいません。ちょっと椅子を引いていただけますか?とぶちぶち唱えながらでないと通路さえ確保できないほど。獣道。それに加え一時的に増えた人たちの会社生活に必要な身の回りグッズや大事な書類などが入ったダンボールがばかばか積み上げられ、事務所というよりも港の倉庫といった風。
新年早々そんな事務所生活が始まり、うーいやー!と思うも、まあ、一時的なものだからちょっとの間の我慢だよ。とか、これが本来の事務所の姿なのだよ。とかなんとか己をなだめすかしながら過ごしてきた。が、ひとが増えたら来客も増える、電話も増える、FAXも増える、いろいろな用紙が直ぐになくなる、冷蔵庫のお茶も直ぐになくなる、トイレットペーパーもティシューも直ぐになくなる、楽しみにしていたおやつも知らぬまになくなる。増えたりなくなったりが激しいわあわあした日々に、そろそろもうーいーやーー!イーッと限界を感じていた。
が、今日の午後。あのたりたり事務所ひとり過ごしデイが戻ってくるのだ。待っていたのだ、この日を!とウキーウキー言いながら、昨日出入の業者さんかから「みなさんでどうぞ」と頂いた人形焼を満足ゆくまでひとりで食ってやろう、やら、誰憚る事無く事務所内をぐるりぐるりと練り歩いてやろう、やらやらを午前中いっぱいかけて目論む。
そしていよいよやって来た午後。それじゃあ、後をよろしく頼むよ。と出かけていった上司をニヤラシイ笑顔で、いってらっしゃい!とお見送り。さて、この事務所の全ては今我が手中にある!ガーハっハっハっハーっ!と高笑いついでに人形焼きをぱくりと口へ放り込む。その瞬間、お疲れ様ですー。と数日前から新しい事務所へと移ったはずのひとがどかっ、とやって来た。そして当たり前のように鞄からPCを取り出してぽちぽちやったり、べべべ、とFAXを送ったり、電話をかけたり受けたり、たりたりし始めたのだ。わたしのたりたりを横取りしたのだ。挙句、あと一時間ほどで今日のお仕事はお終いです、という時間だけを残し、それじゃあアッチの事務所に戻ります。と言って出て行った。なぜ、来た。なぜ、わざわざコッチの事務所に来た。という疑問も残して、だ。
ぬう、今日の午後はわたしがたりたりするはずだったのに!このたりたり泥棒!たりたりを返せ!とたりたり言いながら、ふたつ目の人形焼を食べた。