あめふっていっそミドリ、雨

  • かさ、ふる

黄金であったはずの日々がすっかり鉛色になってしまった連休明けの木曜日。「ああ、そういえば一日はこういう風に始まっていたなあ」と黄金ウィーク中、すっかり身に着けてしまった怠惰さでもってぼへぼへと、のろのろと、寝床から抜け出し朝の儀式をぼへぼへと、のろのろと、済ませる。そして心が鉛色なら空も、然り。「お空は心を映す鏡だよ!」とドコゾノ誰其のありがたい言葉らしきことをもごもご呟きながら雨降るいつもの道を、いつもの時間に、いつもの駅までえっちら向かい、いつもの電車に乗り込む。そしていつものように端っこの席にどかっ、と沈み込む。


電車の揺れと、黄金中に身につけた不規則な生活による睡眠不足と、何時如何なる時でも本気を出せば四十八、九秒で夢の中という特技と、アイポディさんから流れ出す夢心地リズムで乗車から一駅もかからぬうちに意識は遠く彼方の小さき点に。ああ、なんたるや…この…ぐう…む。そんな夢のような煌き瞬く世界の小さき点であった意識がガションっ、と急激に鉛色の世界へと戻された。左足に若干の痛みをともなって。


すわ、何事、か?!


と未だ煌く世界の小さき点なのか、鉛色の世界のまあそこそこの大きさの点なのかがはっきりとしない頭でもって我が身に一体ナニが起こったのか?!とぐるぐるぐる。そんなぐるぐるの中でハッキリしている事がただ一つ、左足の「外的衝撃によって負った痛み」だ。


とりあえず、今、はっきりと分っている事から確認しよう、と痛みがある左足を見てみる、と、そこには透明なビニル傘がスコーンと横たわっていた。柄の部分がわたしの左足に乗っかった状態でスコーン、と。ははん。これ、か。さっきの『ガション』と『痛み』はこれ、だ。ふうむ、と納得。ふむふむ、傘、ね。そうね、今日は雨降りだもの。傘は必需品よね。それに、傘は不安定だものね。そりゃあ、ガションでスコーンと倒れたりもするものね。ふむふむ…なっと…く…なっ…と…く…?


数秒間じっ、と倒れた傘を見ていてたが、そこそこ込み合った車内から「あ、失敬!」と傘を拾い上げる者は誰も居らず。無視。あれ、気付いてないのかなあ?と、この位置に傘を倒せる範囲の人を順番に「この傘はアナタのですかな?」との念を込めて見やる、が、皆「いえいえ、ワタシの傘はここにありますよ!」との念を込めて見返してくる。ええ?あれ?あれ?じゃあ、この傘は?


そしてまた数秒間傘をじっ、と見る、も、傘はスコーンとなったまま。無視、されたまま。何で?何で?ナンデ、誰ノ物デモ無イ傘ガ電車内ニ突如アラワレルノ?ナンデ???と片言の思考回路でもって柄の部分が左足に乗っかったままスコーンと倒れている傘を拾いあげ座席の端の柵に引っ掛けた。


下車する駅がやって来るまで傘は柵に引っ掛かったまま。一体何処からやって来たのであろうか、あの傘は。そしてこれから先何処へ行くのであろうか、あの傘は。とりあえず渋谷までは行くだろう。(終点が渋谷だから)


そしてどうやらこの鉛色の世界では電車内に傘が、降る。