晴れ、風が強い。


  • 「そういうとこだぞ、ナカノ!」

諸々の事情があって出会った、ナカノ。ナカノは熟れきったタカハシカツノリ顔をしている20代半ばぐらいの男性。熟れきっている、とはいえどタカハシカツノリ似。腐ってもタカハシカツノリ似の顔立ち、加えて小奇麗で小洒落ているので主に「良し」とされる部類に属するであろう、ナカノ。過去現在の女性関係において女性が途切れたことはまず無いだろう。多分、女性の方が放っておかないだろう、そんなナカノと出会った。





ナカノは学生街の、これぞ学生街然とした、不動産屋に勤務している。そして、その不動産屋で我々はナカノと出会った。と、いうか大きな力を持った人たちからの指名された不動産屋の担当がたまたまナカノだった。その程度のはずだった。

訪れた際、初見でのナカノ印象が、熟れきったタカハシカツノリ顔で今風の若者然としており、どちらかというとワタクシが不得手とする風貌であった、が、故に、お客さんに対し躊躇なく「マジっすか!」と連呼する史上最も嫌いなタイプだ、という偏見でガッチリコーティングしたナカノ像を作り上げた、作り上げてしまった。しかし、実際のナカノはソレとは程遠く、事前提示した我々の要望、要求になるべく副うよう副えるように、と懇切丁寧に対応してくれた。ただ一点の、「あれ?なんか…?」程度の、ほんのちょっとした違和感を残してナカノとの初対面を終えた。

翌日、前日の打ち合わせで候補にあがったいくつかの物件を内覧すべくナカノと待ち合わせ。指定された場所で待っていると携帯電話がぶぶぶ、と鳴り、「到着しました。ドコソコビル脇に停車しております。」とナカノの到着を知らせた。それでは、いざ!といそいそとナカノが停車しているであろうドコソコビル脇に向かう、と、そこには、そこそこ広い道幅に建つドコソコビルの立体駐車場入り口に、ぎゅいんと勢いよく頭だけ突っ込んだ車が停車していた。なんとも大胆な停車スタイル…、あれ?あれ?あれ?もしや、これが…と思うが早いやか、バガっと開いた運転席のドアから出て来たのは、ナカノ。満面の笑みの、ナカノ。熟れきったタカハシカツノリ顔のナカノ、だった。「ああ、どうも。今日はよろしくお願いします」とにこやかに挨拶を交わしつつも、内心では「ナカノ、何故、このようなスタイルで停めるのだ!こんなにも道は広いのに!何故!」と若干ムキっとした。が、大人なのでそこはぎゅう、と大人らしい対応を心がけた。

「ではまずひとつ目の物件へ参りましょう」と我々を乗せてナカノは目的地へと車を走らせ…たは良いがナカノの運転がビックリするぐらいの腕前、ド下手糞。道幅とか車幅とか入車角とかを考えていない、明らかにおかしい。真っ直ぐ走る以外の技術に関しては相当酷い。酷すぎる。だのにドライビングはものすごく大胆。「ちょっと、物件の鍵を借りて来ますのでお待ちください」と言いガッッと停めたのは人通りの多い駅前交差点にある酒屋の前。そして、またしても前半分は酒屋の敷地にがっちりイン。明らかに通行のジャマ。ちょ、こんな所に停めて大丈夫?いや、ちょっと!ナカノ、早く帰って来い!と辺りを見回すが鍵を貸してくれるべき店舗、即ち不動産業を営む店舗はまったく見当たらない。看板も然り、だ。ナカノ!いったい何処まで行ったんだ。ナカノーーーー!と何処へと鍵を借りに行ったまま戻って来ないナカノを待つ間、おかげさまで車内に残された我々は、行き交う人々からの非難の眼差しを浴び、酒屋の主人からは威嚇される。ナカノーーー!ナカノが戻らなければ成す術の無い我々はヤキモキしていた。そのせいなのかどうかは定かではないが身体がものすっごこくポッポしてきた。ポッポどころか、猛烈にアツイ。アツ過ぎる。鼻も喉も目も全てがカッラカラになるほどのアツさ。確かにヤキモキしているけれど、も、ここまでアツくるなるなん…んんっ!?スワッと目に飛び込んできたのはエアコンの操作盤。その操作盤が示す車内設定温度は「MAX」。よくよく耳を澄ませると吹き出し口からは「ゴォォォォーゴォォォー」というものすんごい風量を表す音が。…これ、だ。このカッラカラの原因はこれだ。間違いない。内覧日は少々肌寒かったのでナカノ的には気を使っての事であろう。発想は、良いぞナカノ。発想は良い、だけれども結果が良くない。これではやり過ぎだ、ナカノ!ナカノの不在を良い事に、ナカノの発想を最大限に活かす為に、車内の快適さを得る為に、我々は設定温度は通常のソレにしれっとなおした。非難やら威嚇を受けながら。そうこうする内にナカノが戻ってきた、満面の笑みで、戻ってきた。ナーカーノーーーー!

我々はナカノが言うところの「まずひとつ目の物件」を内覧することに。勿論、この「ひとつ目の物件」に到着し車を降りるその寸前まで、ナカノの大胆なドライビングを見せ付けられた。そう、例えば―、一方通行にバックから進入したりとか、有料駐車場にバックで駐車するさい、ぐーんと踏み込んだらあと数センチで隣の車に接触しそうになったりとかとか。ナカノーー!と、内心フンガフンガしながら我々は目的物件へ。運転に関してはアレだけれども、物件に関しては大丈夫よね!だってプロだもんね!と期待を込めてナカノの後に続いた。が、やっぱりナカノ。プロである以前に、ナカノであった。ある意味期待を裏切らない男・ナカノ。それというのも、内覧中セールストークはいっさい無し。まったく、無し。だけども、「これって、ホニョホニョですよね?」という問いには、ナカノ的全力で回答を出してくれる、、が、あくまでナカノ的全力だものだからかピントが大幅にズレる。入車角と同じくらいズレる。例えば―、収納部で部品が足りず機能していない箇所があった。だけれども我々は「ああ、今は足りないけれど契約までにはきっちり用意するだろうなぁ。まあ、しなくても契約後、直接管理会社に連絡すればいっか〜」ぐらいに思っていた、が、ナカノは違った。「ここが収納で、あれ?あれ?これ部品足りませんね…あ、今、すぐ管理会社に手配します!」と言いすぐさま管理会社にその部品だけを手配したのだ、まだ、契約もしていないのに、だ。

ナーーーーカーーーーーーーノーーーーーーーーーーーーー!

まだ「ひとつ目の物件」だのでそんなには時間を掛けてられないわー、ということを我々からなんとなく言い出し、ナカノをやんわりと急き立て「ふたつ目の物件へ」向かうことに。「ひとつ目の物件」から「ふたつ目の物件」への移動も行き道同様完全ナカノ主義を貫き、ナカノ的魅力を大放出してくれた。駅前の駐車然り、車内暖房然り、大胆なドライビング然りを、余すところ無く、だ。それから「ふたつ目の物件」内覧中でも、だ。

「ふたつ目の物件」内覧が終わるともう外は真っ暗に。まだ数件、候補物件が残ってはいたが、我々の中でほぼふたつ目の物件でよいかなぁ。それにナカノの事だから、多分、今日はこれで終わりだろうなあ。とぼんやり思っていたらさの通り、「あ、じゃあ、駅まで送りますね」とサッラーと言われた。うん、そうだね。もうお外は真っ暗だもんね。早くかえらなくっちゃね。と母のような気持ちにすらなってしまった。なんだ、これ。

駅までの道も、最後まで全力のナカノ的ドライブを楽しみそろそろナカノとのお別れの時。ああ、さようならナカノ。なんだかちょっとサミシイわ、お別れするのが…。と散々だったにも関わらず、ちょっぴしおセンチに。ああ、もう、あと少しで駅につ…く…、わ…というその時に、ナカノが口を開き「今日の物件はいかがでしたか?」と、セールストークを始めたのだ、やっと。今日始めてのセールストークを。だけどねナカノ、残念かな、もう、駅はすぐ其処です。我々は車を降りねばなりません。ナーカーノーー!

ほぼ「ふたつ目の物件」に決めていた我々だが、決めたら決めたで契約云々と話は長くなる、だが、降りるべき駅はもうそこ。明らかに時間が足りない。時間が足り無すぎるよ、配分考えて、ナカノ!だので「そうですね。持ち帰って一度話し合ってからお返事いたします。」と言葉数少なに返し、降車準備を始めた。「はい。解りました。じゃあ、ご連絡お待ちしておりま…あっ!」とナカノの語尾がつまったので「うぬ?」と前方を見ると、なんと、警察官が我々の車を誘導している。「はーい、こっちこっち〜」と。車内全員が「!!!!」の中、警察官が「ここさぁ、右折禁止なんだよね。標識ちゃんと見ようね。」と一言。

ナーーーーーーーカーーーーーーーーーーノーーーーーーーー!!!

「すみません。やってしまいました…。ここ、右折禁止なんですね…。」と我々にむかって苦笑いを浮かべるナカノ。ナカノーーーーー!

もともと僅かだった時間がさらに減り「改めて連絡します」と言葉少なくナカノと別れることに。「じゃあ、今日はありがとうございました。ご連絡お待ちしてます。…では、ちょっとお咎めを受けに行ってきます。」と満面の笑みで我々を見送るナカノ。最後の最後まで全力でナカノらしさを見せ付けてくれた。

ナーーーーーーーーーーカーーーーーーーーノーーーーーーーーーーー!

不動産業を職業とするにはちょっとどうかと思うところ多数のナカノ。でもなんか憎めず、むしろどうにかしてあげたくてつい手を差し伸べてしまいたくなる、そんな不思議な魅力溢れる、ナカノ。今年上半期イチ(になるであろう)キレイなオチが付いた話題を提供してくれたナカノ。ありがとう、ナカノ。ナカノのおかげでお酒をさらにおいしくいただけます!



その後「ふたつ目の物件に決めました」旨を伝える為、ナカノに連絡すると、ナカノは「ああ、どうも。実はいまふたつ目の物件で契約書作成していたところなんですよ!」とのたまった。いま、この電話で、契約をきめるのに、だ。


ナーーーーーーーカーーーーーーーーノーーーーーーーーー!